ひとりで作ったオリジナルの人工言語は「自己表現」。シャレイア語の入門書を個人出版
日本語でもなく、英語でもなく、地球上のどこにも存在しなかった言葉。そんなオリジナルの言語を、一から作ってしまった人がいます。
今回ご登場いただいたのは、人工言語「シャレイア語」の制作者、Ziphil Shaleiras(ジーフィル・シャレイラス)さん。2018年11月にパブファンセルフの前身であるPOD出版サービスで初版『入門 シャレイア語』を、2025年3月には、内容を大幅に改訂した『入門 シャレイア語 第2版』を自己出版されました。
氏の創作の原点にあったのは、自分自身の世界観を、言語を通して表現したいという強い思い。ライフワークとも言える、たったひとりでの言語創作の世界と、それを「本」という形にまとめられた経緯を伺いました。

Ziphil Shaleiras(ジーフィル・シャレイラス)。
人工言語芸術家。
2012年より、独自の人工言語「シャレイア語」の制作を開始。語彙や文法を全て一から設計し、人工言語の制作を自身の世界の捉え方を形にした芸術作品だと考えて制作を続けている。
2024年からは、新たな試みとして2つ目の人工言語「フェンナ語」の制作にも着手。異なる構造を取り入れながら、言語を通した表現の幅をさらに広げている。
人工言語とは? 「自己表現」としてのオリジナル言語制作
――まずはシャレイア語の「こんにちは」、sîya! でご挨拶させてください。これで正しいですか?
はい、あっています。ありがとうございます(笑)。
――Ziphilさんは先ごろ、人工言語であるシャレイア語の入門書の第二版を出版されました。そもそも「人工言語」とは何なのでしょうか?
日本語や英語って、人々の歴史の中で自然に生まれて、長い時間をかけて形作られてきた言語ですよね。これを「自然言語」と呼ぶのですが、それに対して、人間が意図的に作り上げた言語のことを「人工言語」というんです。
人工言語には様々な種類があるんですが、その一つは、共通の言葉を持たない人同士が意思疎通できるようにするための「国際補助語」というもの。他には、小説やゲームの世界観を作ったり、言語を作る行為自体を楽しむための「芸術言語」。私の作っているシャレイア語は、この芸術言語に分類されます。
――ご自身で独自の人工言語を作り始めたきっかけは何だったのでしょうか?
もともと言語に興味があったわけではなくて、きっかけは、趣味でやっていたゲーム作りでした。「ファンタジーな世界なのに、登場人物が日本語をしゃべっているのはおかしいのでは?」とふと思ったんです 。
そこから、ゲームや小説の世界観作りのためにオリジナルの言語を作っている人がいると知って、「じゃあ自分もやってみよう」と思い立ちました 。
言語を作るのはMinecraft(※)みたいに、自分だけの世界を自由に作れる感覚に近いんです 。これを続けていくうちに、「言語を通して、自分が世界をどう見ているか、を表現できるんじゃないか」と思うようになりました。
※『Minecraft』(マインクラフト)は、2011年に発売されたビデオゲーム。モバイルデバイスや各種家庭用ゲーム機を含む多数のプラットフォームに移植されている。日本国内では「マイクラ」と略される。(Wikipediaより)
――とても興味深いです。もう少し詳しく聞かせていただけますか。
シャレイア語は、言語という媒体を通して、私自身の世界の捉え方を表現し、自分がこの世界に存在したことを残すための「自己表現の手段」として作っている言語です。
言語というのは、それを話す人々の文化やものの見方を映し出すものだと私は考えています。たとえば、日本語には「水」と「お湯」という言葉がありますが、英語だとどちらも「water」を使います。このように、世界に存在する「水」という概念を、日本語は温度によって分けて捉えますが、英語はまとめて捉えています。
シャレイア語では、私自身の世界観を積極的に反映させていて、たとえば「空から降ってくる雪」と「積もった後の雪」を別の単語に設定しています。あと、「動物としての猫」と、「かわいい存在としての(ひらがなの)ねこ」も別物です(笑)。
また、シャレイア語は「美しい外国語」としての側面も持っています。外国語の歌がなんとなく綺麗に聞こえたり、外国語のポスターがおしゃれに見えたりするのは、その言語がわからないからこその「美しさ」があるからです。これをより美しく感じられるように自由に作れるのも、人工言語の魅力だと感じています。

シャレイア語の入門書に込めたこだわりと反響
――2018年に出版された初版『入門 シャレイア語』は、Ziphilさんにとって初めての出版だったそうですね。
はい、初めてでした。PDFで書類を作る経験はありましたが、出版用のPDFを自分で作るのは初めてのことでしたね。
ただ、ユーザーガイドをしっかり読み込んでから慎重に作ったので、最初の入稿で、文字が規定のガイド線からはみ出ているというエラーが一度出ただけで、それほど苦労した記憶はないんです。規定に沿って作れば、PDFを入稿するだけですぐに出版できるという流れだったので、それが非常にありがたかったですね。
本ができるまでのことや、例えば「断ち落とし」のような出版用語については、事前にかなり調べて勉強しました。でも、私はわからないことを調べるのが好きなので、これも苦ではありませんでした。
――本の制作にあたり、工夫した点などはありますか?
本の制作自体は、それほど苦労もなくスムーズに進みました。ただ、個人的にこだわりが強いので、できるだけ普通の本と同じように見える出版物にしたい、という思いはありましたね。なので、デザイン周りはかなり吟味した覚えがあります。
――初版は、すべての作業をご自身だけでなさったんですよね。
はい、表紙や中身のデザインも含めて、全部自分でやりました。
図書館や本屋にもよく通いましたね。世の中には語学書がたくさんあるので、どんなデザインが多いのかを参考にしつつ、シャレイア語らしいデザインにまとめようと考えました。シャレイア語はロゴも三角形がベースなので、少し斜めの要素を取り入れてみたりして。
できれば、いわゆる「自費出版感」とか「個人出版感」を少しでも減らしたかったんです。書店に並べても違和感のない、きちんとした形にしたかったので、そのあたりはかなり調査しましたね。
――となると、かなり時間がかかったのでは?
本屋に寄るのは好きなので、そんなに時間がかかったという印象はないですね(笑)。いろいろなデザインを見たり、本を借りたりして。
私は割と昔から、印刷物を見るのが好きなんです。その内容というよりも、フォントやデザインといった印刷物自体をつい見てしまって、道端のポスターとかも、内容は何も覚えてない、みたいなことがよくあります(笑)。
そういった無意識のうちのインプットを割とやってきたので、本のデザインも苦手だと感じることはなかったです。
――初版を出された当時の反響はいかがでしたか?
初版は、当時身近だった人工言語関連の知り合いたちに買っていただくことが多かったと思います。その方々から「紙の本としてあることに感動した」という声を聞いたので、やはり画面上で見られるだけでなく、実物として手元にあるというのはいいな、と強く感じましたね。もちろん、私の手元にもあります。
それまで、私の活動はネット上だけのもので、すべて電子データとしてしか存在しなかったので、現実世界に存在するものとして形になるというのは、シャレイア語がちゃんと存在しているんだ、という証明になったような気がして。個人的には、やっぱり本は紙の方が好きなので、それが一番大きかったですね。
――POD書籍版と同時に、PDF版を無料で公開されていますね。
はい。制作に1年ぐらいかかっているので、その間、制作途中のPDFを「今の進捗です」という形で私のホームページに上げていたんです。完成した時に本として出して、紙の本が欲しい方は購入してください、という形で出版させていただきました。
紙書籍として出版したいという思いは大きかったのですが、日本の人工言語のコミュニティは、中学生や高校生など、学生が多くて金銭的な余裕がない方も多いんです。なので、PDF版を公開しつつ、書籍版もできるだけ安価な価格設定にしたいという気持ちがありました。
――人工言語は、一般的にどのようなきっかけで出会う人が多いのでしょうか?
そうですね、私が始めた高校生の当時は、ゲームから入る人が多かった印象があります。最近はありがたいことに、シャレイア語がきっかけで興味を持ってくれる方もいらっしゃいますね。
あとは音楽も結構多いです。作詞作曲をされる方が、歌詞を日本語や英語ではなく、何かよくわからない造語で作りたい、そういう言語が作れると思って入ってくる人もいたりして。きっかけは多種多様だったりしますね。

クイズノックの動画でシャレイア語が紹介され、改訂版を自己出版
――さて、初版から約7年経ち、第二版をパブファンセルフで出版されました。きっかけは何だったのでしょうか?
初版を出したときは、私の中でシャレイア語の文法はもうこれで決まり、という完成版だと思っていました。本自体も入門書の完成版のようなものだったので、当時は内容を更新しようという構想はなく、第二版のことは考えていなかったんです。
ただ、やっぱり気持ちって変わるもので(笑)。出版から1年、2年と経ってくると、その時点でのシャレイア語に対して、だんだん自分の中で気に入らない点が出てきてしまいました。葛藤はあったのですが、どうしても自分の美学を優先せざるを得なくなり、文法が少しずつ変わっていったんです。それが何回か重なってしまって。
2023年頃になると、初版に掲載されている内容からかなり変わってしまったと感じていました。どうにかしないと、と思っていたところで、ありがたいことにQuizKnock(クイズノック※)さんの「言語学オリンピックに挑戦」というYouTube企画でシャレイア語を紹介していただける機会があり、そこから一気に認知度も上がったんです。初版を買ってくださる方も増えたので、「これはそろそろ新しいものを作らなくてはまずいだろう」と、第二版の構想を始めました。
※QuizKnock【クイズノック】とはクイズ王・伊沢拓司氏が中心となって運営する、エンタメと知を融合させたメディア。「楽しいから始まる学び」をコンセプトに、何かを「知る」きっかけとなるような記事や動画を毎日発信中。YouTubeやWebメディアをはじめとして、書籍の刊行やイベントの開催、学校での講演活動などに取り組んでいる。
QuizKnockポータルサイト(外部ページにとびます)
――具体的には、初版から何が変わったのでしょうか?
そもそも、文法用語を一新したり、一部の文法が変わったりして、初版に書かれている例文が今では正しくない、という状態になってしまったので、それを修正するのが第二版の最大の目標でした。
あと、初版に付いていた演習問題がちょっと難しすぎたという反省もあって、簡単な問題もたくさん追加したかったんです。そうすると内容もかなり変わってしまうので、第二版という形で新しい本として出版するのがいいかなと考えました。
――自分だけで作り続けていると、適切な難易度ってわからなくなりそうですけど、練習問題が難しいことにはどうやって気づかれたんですか?
出版当時も、もしかしたら少し難しいかな、とは思っていました(笑)。特に後半になるにつれて、それまでの学習内容を理解できているものと仮定して作っていたので。でも、必ずしもそうとは限りませんからね(笑)。
あと、出版からこの6年間で、私もいろんな自然言語の勉強をして、語学書を買うようになったんですが、それに比べると、自分の作った問題はやっぱり少し難しいな、と感じたんです。
――第二版を拝見すると、内容はさることながら、テキストの大きさや行間、強調部分など、とても読みやすくなっていると感じました。
ありがとうございます。中身のデザインは本当に一から作り直しているので、この6年間で私自身のデザイン技術が少しは向上したのかなと思います。
ただ、今回は表紙だけは知り合いのデザイナーの方に頼んで作っていただきました。自分で作ろうとしたところ、ちょっとネタが尽きてしまって、あまり良いものが思いつかなかったので、さすがに表紙はプロに頼んだ方がいいかな、と思いまして。
――第二版を出版された時、どのような反響がありましたか?
シャレイア語に興味を持ってくださる方が増えていたこともあり、X(Twitter)で「買いました!」といった報告を見かけるようになりました。シャレイア語を勉強したい、と思ってくださる方が増えてとても嬉しいです。
シャレイア語とフェンナ語。二つの言語が織りなす創作の世界
――2024年には「フェンナ語」という、シャレイア語とは別の言語も作られています。
フェンナ語を作り始めようと思ったのは、先程もお話に出たQuizKnockさんに、YouTube動画企画で使う言語の制作をご依頼いただいたのがきっかけです。
この言語は、企画の都合上、文法や単語をかなりシンプルにしました。そのため、この言語を発展させようとしても、全体的な整合性を保ちながらやるのはちょっと難しいなと感じていました。
そこで、アイデアだけを引き継いで、新たな別の言語として発展させればいいんじゃないかと思ったんです。それで本格的に作り始めました。
――シャレイア語とフェンナ語、どちらも手掛けるのは大変ではないですか?
はい。先ほど話したように、シャレイア語は自己表現の色合いが強いんです。自然言語には、一つの単語が複数の意味を持つ多義語がよくありますよね。でも、シャレイア語は私の世界観を反映するために、異なるものは異なる単語にしているので、どうしても単語数が多くなってしまいがちです。そのため、言語として使いやすいかというと、少し難しい部分があります。
なので、シャレイア語とは別に、より日常で使いやすい側面を持つ言語を作れたらいいなと思い、フェンナ語にはそうしたコンセプトを込めています。シャレイア語は自己表現、フェンナ語は実用性といったように、方向性が全く違う二つの言語を同時に制作している、という感じですね。
――ちなみに、初心者が学ぶならどちらの言語がおすすめですか?
シャレイア語のほうが覚えやすいかも。フェンナ語は使いやすいですが、覚えるのは少し難しいかもしれませんね(笑)。
シャレイア語は、私の個人的な感覚にチューニングしすぎているので、単語の使い分けが独特だったりと、他の人と感覚が合うかは全然わかりません。そういう意味で、使いこなすのは難しい部分があるかもしれません。ただ、文法はかなり整然としていているので、自然言語よりも学びやすいと思います。
一方、フェンナ語は、誰でも表現しやすいように、できるだけ中立的な語彙で作られています。多少は私の好みも入っていますが、多くの人にとって使いやすい言葉になっています。ただ、文法が少し複雑なので、最初のうちは慣れるまで学習が難しく感じるかもしれません。
――「使いやすさ」と「覚えやすさ」の両立は難しいものなのでしょうか?
いえ、そういうわけではありません。両方をシンプルにすることは可能です。たとえば、有名な人工言語であるエスペラント(※)は、語彙も文法もシンプルで、特にヨーロッパ圏の人にとっては学びやすく作られています。
※エスペラント (Esperanto) は、ルドヴィコ・ザメンホフとその協力者たちが考案・整備した人工言語。母語の異なる人々の間での意思伝達を目的とする、国際補助語としてはもっとも世界的に認知され、普及の成果を収めた言語となっている。(Wikipediaより引用)
ただ、自分で言語を作るとなると、どうしてもこだわりを入れたい部分が出てきてしまうんです。フェンナ語は、文法のちょっとした複雑さ、ちょっと変なところに、私なりの自然言語らしさというこだわりを込めました。つまり、シャレイア語とフェンナ語では、こだわりのベクトルが違うんです。
――それぞれの言語を作るときで、楽しみ方も違ってきそうですね。
そうですね。作っているときの「使う脳」が違いますね。
自分が「好きなもの」を本にする
――シャレイア語の持つ世界観は、もはやZiphilさんのライフワークとして丁寧に構築され続けているように感じます。今後の活動予定についてお聞かせください。
基本的にはどちらもメインとして、2つの言語を並行して作っていきたいと考えています。ただ、フェンナ語はまだ発展途上なので、まずはそちらに注力し、ひと段落したら並行制作という形になるかと思います。
シャレイア語については、今後も引き続き単語を増やしていく予定です。現時点で約3,500語くらいありますが、まだまだ足りません。
第二版は入門書として完成していますが、これは教科書的な側面が強いので、今後はより実用的な、例えば旅行で使える会話帳のようなもの……ありますよね? そういう入門書のようなものも出版したいと考えています。その時にはまたパブファンセルフさんを利用させていただくことになるかなって思います。本の構想はまだたくさんありますので。
――最後に、これからご自身の本を出版してみたいと考えている読者の方へ、メッセージをいただけますでしょうか?
本を出版して一番嬉しかったのは、自分の作品が「紙の本」という形になって手元に届いた瞬間でした。
私にとっては「言語」でしたが、みなさんそれぞれで好きなものやこだわりがあると思います。どんなジャンルでも出版できるのが、パブファンセルフで個人出版することの利点だと感じています。
「自分の好きなものをまず形にしてみる」くらいの軽い気持ちで、出版に挑戦してみるのもいいんじゃないかなと思います。

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